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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)1123号 判決

原告

相模太

代理人

小林勤武

服部素明

被告

兵頭高志

兵頭威

代理人

小林昭

被告

イケダヤモータース株式会社

主文

被告三名は各自原告に対し金八五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年九月六日から完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告の被告三名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

この判決は原告において金八〇、〇〇〇円の担保を供するときは、被告三名に対し、原告勝訴部分に限り仮執行ができる。

被告らの、いずれかが金二五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、当該被告は、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一、原告主張の請求原因(1)の事実は、原告と被告会社との間においては争いなく、右(1)の事実中、「横断歩道上を」とある点を除いて、その余の部分については、原告と被告兵頭高志および被告兵頭威との間において争いのないところである。

二、〈証拠〉を総合すれば、原告は本件事故によつて、左第七、八肋骨々折、右顔面部挫傷、頭部外傷Ⅰ型、頭部打撲後遺症(外傷性てんかん)の傷害を受けたことが認められ、右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

三、原告と被告兵頭高志および被告兵頭威との間において争いのない原告主張の請求の原因(1)の事実(「横断歩道上を」とある点を除く)に、〈証拠〉を総合すれば、被告兵頭高志は、昭和四一年一〇月二六日午後四時三〇分頃、被告車を運転して、時速約四〇キロメートルで京都市右京区丸太町通花園伊町三二番地先の交通整理の行われていない変型交差点を西進し、前方注視を怠り、そのままの速度で被告車を進行させたところ、右交差点の西側に設けられている横断歩道上を、北から南に、手を挙げながら、小走りに横断を始め、該道路(幅員約一三メートル)の左側部分を横断中の原告を被告車との距離が約一二メートルに接近して始めて発見し、急停車の措置をとつたがまに合わず、被告車の右前部を原告に衝突させて、本件事故が発生したものであることを認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

思うに、自動車を運転するものは、前方を注視し、交通整理の行われていない交差点に設けられている横断歩道の左側部分を横断し、または横断しようとしている人がいるときは、その通行を妨げないように、該横断歩道の直前で一時停止するか或は徐行して、横断中のものとの接触事故を未然に防止する注意義務を負つているものと解すべきであるのに、前記認定事実によれば、被告兵頭高志は、右注意義務を怠つたため本件事故が発生したものであるから、本件事故は、右被告の過失によつて惹起されたものであるということができ、右被告は、不法行為者として、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償しなければならない。

四、被告兵頭威が本件事故当時、クリーニング業を経営していたことは、原告と右被告との間において争いのないところである。右争いのない事実に、被告兵頭高志および被告兵頭威本人の供述を総合すれば、被告兵頭威は、本件事故当時、被告兵頭高志をして、被告車を運転し、被告兵頭威の経営するクリーニング業を手伝わせていたものであるところ、被告兵頭高志が被告車を使用して、被告兵頭威の経営するクリーニング業のため、仕上つた洗濯物の配達に従事中本件事故を惹起したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうすると、被告兵頭威は被告兵頭高志の使用者として、本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償しなければならない。

五、原告主張の請求原因(5)の事実は、原告と被告会社との間において争いのないところである。右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、被告会社は、本件事故当時、自動車の修理業を経営していたものであるところ、昭和四一年一〇月二四日被告兵頭威の使者にして、被告兵頭威の子である被告兵頭高志から、被告兵頭威がクリーニング業に使用していた自動車の修理を依頼されてその修理のために、右自動車を預つた。被告会社としては、自動車の修理を依頼されて、それを預つた場合、一般的には代車を貸与しないのが原則であるが、絶対に代車を貸与しないことにすれば、自動車の修理を依頼されない場合もあることを虞れて、自動車修理業経営の必要上、時には、代車を貸与することもあつた。被告会社は、被告兵頭威から、前記のとおり自動車の修理を依頼されて、これを預り昭和四一年一〇月二四日、被告兵頭威に対し、被告会社所有の被告車を無償で、被告兵頭威の営業所が遠方故、右修理車を被告会社まで運転して来た被告兵頭高志が被告兵頭威の営業所に帰るため、また右修理車が修理を完了するまでの短期間、被告兵頭威経営のクリーニング業に使用する目的で、貸与した。被告会社は被告車にガソリンを一杯入れて被告兵頭威に貸与したが、その貸与中に、右ガソリンが、被告兵頭威の被告車の使用によつて消費されたときは、被告兵頭威において、これを充填する約束のもとに被告兵頭威に対し、被告車を貸与したものであることが認められ、右認定に反する証拠はなく、本件事故が右貸与の二日後である昭和四一年一〇月二六日、被告兵頭高志において被告車を運転中、被告車によつて惹起されたことは、原告と被告会社との間において争いがなく、被告兵頭高志が被告車を被告兵頭威経営のクリーニング業に使用中、本件事故を発生させたことは前項認定のとおりである。

右事実によれば、被告会社は、被告兵頭威に対し、被告会社の営業のために、被告会社所有の被告車を被告兵頭威の経営するクリーニング業に使用する目的で、短期間貸与したもので、本件事故は、被告車が被告兵頭威経営のクリーニング業に使用されていたとき被告車によつて惹起されたものであるから、被告会社は本件事故の際被告兵頭威による被告車の運行を介して利益を得ていたものということができ、また被告車に対する運行支配を喪失していたものということはできない。従つて被告会社は、本件事故の際、被告車を被告会社のために運行の用に供していたものと解するを相当とする。そうすると、被告会社は、被告車の運行供用者として、原告が本件事故による受傷によつて蒙つた損害を賠償しなければならない。

六、被告兵頭高志および被告兵頭威主張の抗弁(2)および(3)の事実を認めるに足る証拠はないが前記第三項の認定事実によれば、該道路を横断中の原告において、被告車の動静に注視し、走るのをやめるか或は一時停止しておれば、本件事故は起らなかつたものと認められるので、本件事故の発生については、原告にも過失があつたものといわなければならない。(この場合の過失は、不法行為の成立要件としての過失とは異なり、単なる不注意をも含むものと解する。)本件事故の発生について、原告と被告兵頭高志との過失割合は、二対八と認めるを相当とする。

七、原告は、本件事故によつて受けた傷害のために、その二〇才から六〇才までの間に金二、二七二、〇〇〇円の得べかりし収入を喪失した旨主張するので検討するに、〈証拠〉によれば、原告は、本件事故によつて受けた傷害によつて昭和四三年一〇月までは激しい頭痛があつたが、昭和四四年になつて、右頭痛は相当軽快に向い、おそくとも原告が二〇才に達するまでには、外傷性てんかんその他本件事故によつて受けた原告の傷害は全治するであろうと認められ、右認定に反する〈証拠〉は、たやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

そうすると、自余の点について判断するまでもなく原告の右主張は採用できない。

八、〈証拠〉を総合すれば、原告は、本件事故によつて受けた傷害を治療するために昭和四一年一〇月二七日から同年同月二九日まで三日間入院し、同年同月二九日退院後は、昭和四四年末頃まで通院を続けたが、昭和四五年五月頃においても、まだ時に頭痛を訴えることが認められ、右認定に反する証拠はなく、右認定事実、前記認定の原告の過失、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮するときは、原告が本件事故による受傷によつて蒙つた精神的損害の慰藉料は金八〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

九、〈証拠〉弁論の全趣旨を総合すれば、原告の法定代理人親権者父相模進および同母相模裕子は、昭和四三年七月頃、弁護士小林勤武および同服部素明に対し、本件訴訟を委任し、原告の法定代理人親権者父相模進は同年七月二〇日弁護士服部素明に対し、その着手金として金五〇、〇〇〇円を支払いずみにして、かつ印紙、郵券代として金二〇、〇〇〇円を預けずみにして、その報酬として、原告が、被告らから現実に得た金額の一〇〇分の一〇に相当する金額を支払う旨約したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、右報酬は、原告が被告らから現実に金額を得たとき始めて、その一〇〇分の一〇に相当する金額を支払う義務が発生するものであるから、原告が被告らから現実に得た金額或は、得るであろう金額、およびその時期の認められない本件においては、原告が弁護士小林勤武および服部素明に支払義務を負う報酬の金額、時期は現在不明にして、従つて現在の段階においては、右報酬相当額を損害として被告らにその賠償を求めることはできない。

また、右認定事実によれば、原告は、弁護士服部素明に対し、本件について印紙および郵券代として金二〇、〇〇〇円を預けたことが認められるが、右は訴訟費用に属し、原告が右印紙代等を右弁護士に預けたことをもつて、原告が右金額相当の損害を蒙つたとして、被告らに、その賠償を求めることはできない。

前記認定事実、および本件事案の難易、審理の経過、その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌するときは、原告は本件事故によつて受けた傷害のために、右着手金五〇、〇〇〇円相当の損害を蒙つたものと解するを相当とする。

一〇、そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、被告三名に対し各自(被告三名の原告に対する関係は不真正連帯債務である)、右第七項の慰藉料金八〇〇、〇〇〇円および右第八項の弁護士費用金五〇、〇〇〇円計金八五〇、〇〇〇円並びにこれに対する損害発生のあとにして本件訴状副本が被告らに送達された日の翌日であること当裁判所に顕著な昭和四三年九月六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲内においては相当であるから、これを認容し、その余の部分は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条第九三条、仮執行およびその免脱の各宣言について同法第一九六条第一、三項を各適用して主文のとおり判決する。

(常安政夫)

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